専門家が2年かけて審査した暗号方式の弱点を、AnthropicのAIが60時間で見つけました。暗号が破られたわけではありません。AIが研究の現場で何を始めたかという話です。

Anthropicは7月28日、まだ公開していないAIモデル「Mythos Preview」が、暗号方式のひとつに未知の弱点を見つけたと発表しました。対象は「HAWK」という、将来の量子コンピュータでも破られにくい暗号として研究されている方式です。AIが使った時間は約60時間、かかった費用はおよそ10万ドルでした。攻撃手法の技術文書も同時に公開されています。
この話のすごいところは暗号ではありません。HAWKは世界中の専門家が2年かけて審査し、それを通り抜けてきた方式でした。その審査で誰も気づかなかった穴を、AIが60時間で見つけたということです。
暗号は、解くのに天文学的な時間がかかる数学の問題を土台にしています。HAWKもそういう問題のうえに作られていました。Mythos Preview が見つけたのは、その数式のなかに隠れていた「対称性」です。ある形の繰り返しに気づくと、本来なら全部調べるしかなかった範囲を大幅に飛ばせる。つまり近道が存在していた、ということです。
HAWKは2026年5月、米国の標準化機関NISTが次世代の暗号候補として第3ラウンドに進めた9方式のひとつでした。2年間、2ラウンドの専門家審査を通過した実績があります。それでも見落ちがあったわけです。
ここは誤解されやすいので、はっきり書いておきます。Anthropic自身の説明はこうです。
実効的な鍵の長さを半分にする。同等の安全性を保つには、鍵の長さを倍にする必要がある
解読が現実的になったのではなく、鍵を長くすれば元の強さに戻せる、という種類の弱点です。しかもHAWKはまだ候補の段階で、どの製品にも入っていません。いま使っているサービスの暗号には影響しません。ChatGPTやClaudeとのやりとりも、ネット決済も、今回の話とは無関係なところで動いています。
数字で言うと、鍵を割り出す手間は2の64乗回の計算から2の38乗回まで下がりました。指数が26下がったと言われてもピンと来ないと思いますが、ざっくり6700万分の1くらいに縮んだ規模です。それでも実際に解けるほど小さくはありません。
大きいのは規模ではなく、誰が見つけたかです。暗号研究者のマシュー・グリーン氏は、標準化候補への現実的な脅威だと評価する一方で、こうも書いています。
専門家の評価は冷静です。ただ「新しい数学ではない、既存手法を徹底的に当てはめただけ」という言い方は、裏を返せばAIが得意な種類の仕事だったということでもあります。人間が根気で見落とす場所を、AIは総当たりに近い粘りで踏み抜いた。そう読むと、査読という仕組みの穴の位置が少し見えてきます。
これまでAIに数学をやらせる話は、既知の問題を解けるかという水準でした。今回は、専門家集団が2年見ていた対象から新しい発見をしています。研究や検証の現場でAIをどう使うかという問いが、実例つきで前に進んだかたちです。
ただし今回も、発見したのはAIですが、それが本当に正しいかを確かめて公表したのは人間です。動くデモコードを添えて検証可能にしたのも人間側の仕事でした。AIに探させて人間が確かめるという分担は、仕事に使うときにもそのまま当てはまります。
AIツールギャラリーの視点: 今回の Mythos Preview は未公開モデルで、当サイトのツールデータベースにも掲載がありません。Claudeの系列とされていますが、公開時期は明らかにされていません。同じ発想は公開済みのモデルでも試せます。手元の計算や証明、設定ファイルの矛盾など「合っているか確かめたいもの」を投げて、根拠を出させてから自分で検証する。それが今回の研究と同じ使い方です。
HAWKのより大きい鍵サイズでの計算量は報道間で数値が一致しておらず、本記事では一次文書と複数報道が一致する範囲だけを書いています。開発チームが標準化から撤回したという報道もありますが、一次資料での確認は取れていません。続報が出た場合はこの記事に追記します。
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